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ゆかいな仲間と酒と音楽があれば多分人生は楽しいはず

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柳のようなしなやかさが理想形ではあるけれども。

最近自分の中で「軸」なるものがないなと感じることがありあます。
研究にしても、音楽にしても。
「軸」。別の言葉で言えばウリ。セールスポイント?
あれ、何か意味合いが変わってきた気がするな。

大学の友人、ショウゴ君は僕を「バランス感覚に富んだ」と評してくれました。
そういった評価はその時は嬉しく、まあ今でも誉め言葉かなと思っています。
しかしながら最近では、彼の言う「バランス感覚」が自分の「路線」といったものを自ら打ち出せる妄想にも似た覚悟を妨げているとしたら、それは今後の僕の仕事にとってマイナスとなりうるかもしれないな、とも感じ始めてきました。

もしかすると、「バランス感覚がいい」と誉められたと思っているのは実は勘違いで、単にどっちつかずな距離を保っていることを表現しているだけなのかもしれない。


スポーツでは「何にでも対応できる姿勢」というのがそれぞれあって、それは周りの変化に対して攻め・受けを柔軟にできる姿勢としてよいとされます。
ただ、それは攻守が入れ替わるような状況の時のみに有効で、短距離や走ることに専念する競技においてはどちらかというと不向きです。
当たり前のことですが、走るためには走る姿勢が一番向いていると思います。

そして今僕に求められている姿勢とは、「行けるところまで一本走りぬく」ための姿勢なのかもしれないということです。
特に研究とか。
これ!と思った道をガンガン進んでいく、そういう生き方。
ただ、その生き方に対して「それでいいのか?」と変に問いかけたりして、どこか躊躇いがある僕はきっとアスリートになれないんだろうなと思います。

僕が未だに短距離が苦手なのはその覚悟が決められないからなのかもしれない。
あとは単に足が遅いという理由もあるかも。


けれども、アスリートにはならなくていいやとどこかに思う気持ちが、何かにつけて一歩引いて物を見てしまう癖に繋がるのかなと思うのです。
偏りすぎてもいけない。バランス崩すことを恐れて身動きが取れないのもいけない。
自分ひとりじゃ難しいですね。


まあ「走り抜けるのか?」と走る前に悩むより、実際に走ってから考えなきゃいけないのですが。
頭じゃ分かっていますが…。
よし、やっぱ頑張ろうかね。


…と何だか時間があったのでどうでもいいことを考えてしまいました。
考える間もないくらいいろんなことを詰め込んでいった方がよいかも(笑)。
最後に呉先生のコラム「九条を護るための改憲論」を載せておきます。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/books/breview/44225/

やはり、こういうシニカルな節回しをできる人に物凄く魅かれてしまいます。
呉先生は犬儒派という軸。
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  1. 2007/04/11(水) 09:17:26|
  2. 雑記
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